近代日本の幕開けに大きく貢献し、後世に名を残す坂本龍馬。
戦国武将シルバーアクセサリー しかし短い33年の生涯すべてが輝かしいわけではなかった。土佐藩を脱藩した当時は大罪により人々から非難をあびることもたくさんあった。その時に残したと言われる龍馬の名言がこれ。
「世の人は我れをなにとも言はば言へ 我が成すことは我のみぞ知る」
意味は、「世間の人は言いたければ、自分の事を思う存分に言えば良い。だが自分のやりたい事は、自分だけが知っているのだ。」

周囲に何を言われようとも己の信念を信じて突き進んだ龍馬の力強い言葉が自分の進むべき道を照らしてくれる坂本龍馬シルバーアクセサリーです。


龍馬が愛用したといわれるスミス・アンド・ウェッソンのピストル。
戦国武将シルバーアクセサリー スミス&ウエッソン1型 32口径
寺田屋事件の後、鹿児島に保養に行った龍馬とお龍がそれぞれもっていた。
近江屋暗殺の時に、龍馬はこの銃を持っていたが、取り出すこともなく斬殺された。

戦国武将シルバーアクセサリー スミス&ウエッソン2型 22口径
もとは高杉晋作のもので、上海で購入したものを、龍馬に贈ったとされている。このピストルは寺田屋事件で紛失。
元込め6連発の銃。


坂本龍馬が愛用していた陸奥守吉行(むつのかみよしゆき)
戦国武将シルバーアクセサリー この刀は坂本家の家刀であり、龍馬脱藩の時に、 姉が手渡したと言われている。
その陸奥守吉行は、播磨守橘吉成の次男であり、上野大掾吉国の養子となった刀匠で、陸奥中村にて土佐に移り住んだと言われている。
それが縁で、坂本家、龍馬の愛刀となったのであろう。


坂本龍馬の家紋は違枡桔梗紋(ちがいますききょうもん)
戦国武将シルバーアクセサリー 組み合い角に桔梗紋といい、食い違いにした「角」の中に桔梗を描く。
この家紋と光秀が居城した坂本の地名を絡めて坂本家は明智光秀の落胤という説もある
坂本家初代の太郎五郎の墓石には山城国生まれで、弘治・永禄年間(1555〜1570)に畿内から移ってきたことが記されている。
もしこれが事実であるなら天正10年(1582)に死んだ明智光秀の後胤説は否定される。
本家は紀姓大濱氏を称し、家紋も丸に田の字紋であった。



坂本 龍馬(さかもと りょうま、天保6年11月15日(1836年1月3日) - 慶応3年11月15日(1867年12月10日))は、江戸時代末期の志士、土佐藩郷士。
諱は直陰(なおかげ)、のちに直柔 (なおなり)。龍馬は通称[1]。 他に才谷 梅太郎(さいだに うめたろう)などの変名がある (手紙と変名の項を参照)。
土佐郷士に生まれ、脱藩した後は志士として活動し、貿易会社と政治組織を兼ねた亀山社中(後の海援隊)を結成した。薩長同盟の斡旋、大政奉還の成立に尽力するなど倒幕および明治維新に影響を与えた。大政奉還成立の1ヶ月後に近江屋事件で暗殺された。1891年(明治24年)4月8日、正四位を追贈される。


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